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2011年 05月 27日

  平田靱負の立つ平田公園


  「22日から5日間急なことでしたが、白馬村に滞在してのんびり過ごしてきました。
   ブログの更新も21日以来お休みしていましたが、今日から再開することになりました。
   たくさんのコメントを頂戴しながらお返事が遅れてしまって申し訳ありません。」
 

  宝暦治水とは江戸時代の宝暦年間(1754年(宝暦4年)2月から1755年(宝暦5年)5月)、
  幕命により薩摩藩が行った治水工事であまりにも有名である。
  平田靱負(ひらたゆきえ)は薩摩藩家老。
  宝暦3年(1753年)の木曽三川分流工事(宝暦治水事件)の責任者である。
  この地方の各地に多くの顕彰碑や銅像が建立されており、これまでにもここで紹介してきた。
  海津町の平田公園の銅像を間近に見るのは初めてであった。
  1970年10月26日に旧海津町と旧国分市が姉妹都市提携。その後、両者は合併により名前が変り
  2006年4月25日に海津市と霧島市で再提携された。

    過去の参考ブログとして
     治水神社2008   治水神社2009   治水神社2011     海津歴史資料館   工事役館跡 1   工事役館跡 2     カイコウズ街道   カイコウズ

  銅像の前の刈り込まれた太い樹は鹿児島県の県木・カイコウズ(海紅豆)で
  アメリカデイゴとも呼ばれている。

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by sansenkiso | 2011-05-27 06:51 | 公園・施設


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